2009年8月4〜5日

 とうとうカミさんと二人だけになっちまった。渡船乗り場からすぐそば、尾道水道沿いの歴史ある料亭宿 “魚信”(うおのぶ)に入る。
 ポ〜、ポ〜〜〜、時おり聞こえるのは、部屋の前の海を行き来する小型フェリーや漁船の汽笛。そしてその船によって岸に寄せる波音だけ。なんと贅沢な時間だろうか。こんな部屋で一日中まったりと小説など読んでいたい気分だ。





夕食はちょっと贅沢な尾道近海の魚の会席コースをチョイス。

メバルの煮付け。筆者の東京湾での釣りの対象魚でもある。
この宿のウリである“オコゼ”(ハゼのお化けみたいなグロテスクな魚)の刺身。絶品!

酒飲みにはちょうどいい量のウニご飯。お茶漬けで頂くのもよし。

※写真の料理は会席の一部です。


 この尾道の宿に温泉はない。いや、なくても十分に有り余る風情がある。そして尾道近海の魚料理。さすが料亭宿だ、出てくる料理はみな旨い。どうだこのオコゼの刺身は、、、ダイスケに食わせてあげたかったなあ……いやぁ〜心にもないことを言ってしまった。学生の分際でこの料理は贅沢すぎる。ヤツはお好み焼きで十分だな。
 とはいえ「こんな贅沢しやがってぇ!」と皆さんきっとお思いだろう。でもね、この会席料理付一泊二食の料金は、東京の山手線沿線のビジネスホテル二泊分程度(もちろん夕食なし)なのだから、私にとってはすごくリーズナブルに感じた。探せばあるんだな、こういった癒しの料亭旅館がね。



我らの宿泊が1等か2等かは不明。なんたってこの料金表は昭和22年のものだから。それにしても室料25円に対して夕食料が40円とは、やはり料亭なのだ、ここは。


明治時代から改築されて現在に至る数奇屋造りの旅館“魚信”の我らが泊まった部屋。見事な障子だな。。。



ちょいと尾道さんぽ。

カミさんはR-06ブーツ、
筆者はR-01ブーツ。
合計2万キロ以上は軽く移動している。

ご希望の方は、こちらへどうぞ >>
宿にバイクを置いて、
尾道の街のぶらつき開始。

まずは尾道を一望できる小高い山へ。もちろん往路はロープウェイを利用。

でっかい石がごろごろある。このすき間も通路。


山の下りは“文学のこみち”。


ごろごろある石には、文人の詩や句が。これは正岡子規だろうか(名前くらいしか知らないが)

 尾道の街並みは、小説や映画にも登場している。私が小説家や脚本家だったら、やはりこの情緒は見逃さないだろう。な〜んて、小中学校の国語の成績が3(5段階で)しかもらったことのない、作文だいっ嫌いな私が言うことではないけど、そう思ってしまったのだから仕方がない。
 2台のトライアンフを宿に置かせてもらい、我らは散歩。まずは尾道の全景を眺めようとロープウェイで小高い山に登る。
 尾道は坂の街、寺の街、そして文学・映画の街として知られている。私がこの尾道に魅かれたのは、大林宣彦監督の「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」、この尾道三部作の映像からである。かれこれ25年以上前(1980年代前半かな)の作品だが、この山から街を眺めていたら、また映画を見たくなってしまった。自宅に帰ったらツタヤにでも行こうか。

宿のすぐ近くにある尾道映画資料館。
入ろうと思ったが大林宣彦監督作品はないのでパス。




また渡船に乗りたくなって・・・。

 そろそろ尾道を出て、山陽自動車道に入り、トライアンフ岡山に2台のバイクを返さなくては、と思うが、また渡船に乗りたくなり、対岸の向島に渡る。昨日とはちがう航路で。(たしか3つの航路がある)





先に筆者が渡り、次の渡船のカミさんを撮る。客は一人とバイク1台か。
「どっから来たんじゃ、えっ、東京かい」って会話だろう。






客はカミさんだけかとおもったら、横からひょいとバアちゃんが現れた。
これは観光船ではなく、だいじな生活航路なのだ。


帰りの船には郵便局のバイクと女子高生。



 いやあ今頃ダイスケは学生の分際で高価な四万十川の天然ウナギを食ってんだろうなあ、と、こちらは五百円の尾道ラーメンをすする。尾道ラーメン・・・まあ素朴な味と言えばよいだろうか。たった一軒でどうのこうの評価できないので、その一言だけにしておこう。
 ラーメンを食い終わって地図を見ていたら、この向島には本州に渡る、またちがう航路の渡船があるのを発見した。そしてまたまた乗りたくなり、その船着場に向かう。
 渡船はポツンと客を待っていた。当然ながらその客は我ら二人と2台のトライアンフのみ。それでも待ってました、とばかり渡船のオヤジは笑顔で迎えてくれた。




尾道水道より距離が長い分だけちょっと高い。でも我らのためだけに渡してくれるなんて、この料金で採算が合うのだろうかと余計な心配をしてしまう。


「この船にツバメが巣を作ってな、こないだ巣立っていったわい」 世間話をしてる間に対岸に着いてしまう。






 波穏やかな瀬戸内海沿いの狭い道を走り、福山インターから山陽自動車道に入り、トライアンフ岡山に向かう。
 さて上の写真と下の写真、カミさんはボンネビルを乗り換えている。最後の最後でなぜなのか、をちょっと語ろうか。。。(ボンネビルに興味ある方だけ読んでくだされ)

これはトライアンフ岡山の店長所有車。


ボンネビルって・・・?

 2009年最新モデル“トライアンフ ボンネビルSE”のインプレ、それはこの紀行の誌面バージョンであるビッグマシン誌“続・居酒屋夫婦坂 旅情編”には載せていない。その理由は、ボンネビルの正直な乗り味、利点も欠点も書きたいが、誌面ではそうもゆかないのでいっさいインプレなしとした。利点だけ書いたらウソくさいしねえ。でもこのサイトではお伝えしよう。
 ボンネビル・・・5年ほど前、知人から新車を借りてずいぶんと長距離を走った(そのツーリング紀行は2004年「信州白馬と新蕎麦の旅」、そして2005年「南信州 上村 天空の山里」)。そのボンネビルのイメージで初めて今回の最新モデルに乗ったら、ずいぶんと違っていた。ドッドッドッドッではなく ヒュルルルル〜ンと走るのである。一瞬「これほんとに二気筒かぁ?」と思ったほどだ。

 二気筒エンジンに何を求めるかは個人的にさまざまあるだろうから、ヒュルルルル〜ンは欠点ではない。むしろ乗りやすさでいえば最新型のほうが良いだろう。しかし4日間乗って、これだけは頂けない、ということがある。・・・それはシートだ。
 ボンネビルSEはカミさんでも不安ないほど足着き性が良い。そのために無理やりシート高を低くした感があり、特にシートが貧弱。カミさんはこの旅二日目から「尻が痛〜い」と言っていたが、最終日の山陽自動車道のパーキング、あと少しなのに「もう限界!」と、私が借りていた旧型ボンネビルと交換したのである。
 私もボンネビルSEにまたがってすぐ分かった。硬いなにかが尻と太ももに当たっている感覚だ。初日には気づかなかったことが今分かった。ではなぜ旧型は痛くならなかったのだろうか・・・。

 トライアンフ岡山に着いてそのことをチエさん(店長)に話した。チエさんの旧型が大丈夫なのは、純正オプションシートを着けていることが理由だった。
 ・・・というわけで、長距離派の方、2cmほどシート高になるけど、ボンネビルSEには純正オプションシートを着けることをお薦めしよう。可能ならリアサスを高性能な社外品にすればなお良いだろう。
 ってね、どのバイクにも欠点とやらがあるのだけど、なかなかそれを誌面では書けないわけで、、、。

 ボンネビルSEの欠点みたいなことを書いてしまったが、しかし私はそのスタイルに好感を持っている。なんたって弊社ウェアとのマッチングが実に絵になるんですわぁ。

岡本店長お出迎えのトライアンフ岡山に到着。

 いやぁ〜なんだかんだ言っても愉しい旅だった。いろんなことを4日間で満喫できたのも、鉄道を利用したからこそ可能なことだった。正直言えば、二泊三日で十分だけどね。
 皆さんもどうですか? 関東在住なら、新幹線利用でトライアンフ岡山でレンタルして、四国に渡ってウドン食って松山で坊ちゃん列車乗って温泉浸かって、しまなみ海道走って尾道着いたら渡船のハシゴ、、、あまりいませんかね、こんな旅するのは、、、。
ではまた・・・夫婦坂二輪旅



旧国鉄 湘南カラーである。これに乗って帰るのである。


[この旅のご案内サイト]
トライアンフ岡山・・・トライアンフ販売 及び レンタルバイク
屋島工房・・・グローブの製造元 店舗併設
伊予鉄道株式会社・・・坊ちゃん列車・路面電車etc
道後温泉・・・3000年の歴史ある温泉
道後 山の手ホテル・・・英国調の宿
料亭旅館 魚信(うおのぶ)・・・尾道水道の木造宿


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