2010年11月26日





 さあて、いよいよ最終日である。奈良盆地北部を行きつ戻りつしたこの2日間は、自慢じゃないがほとんど走っていない。ラリーでいえば、SS(スペシャルステージ)のようなもので、初日と最終日にのみリエゾンがあるという感覚だ。内容だって大宇陀(おおうだ)から談山(たんざん)神社、大神(おおみわ)神社、大和郡山、薬師寺と大池とくればスペシャルてんこ盛りで、御利益だってたっぷりありそうなコースだ。そして最終日のミッションはこの日のうちに無事に東京の夫婦坂まで辿り着くことである。だが、せっかくの“男奈良・リターンズ・勝ち虫たちの秋の勘ナビ合戦”なのであるからして、まっすぐ帰りましたよ〜ではもったいない。そこで、前夜にミーティングという名の酒宴が開かれた。
 宿泊地は国道25号線と近鉄天理線が交差する付近(大和郡山)なので、柿を食いながら鐘の音でも聞きに法隆寺に行くというのは王道である。前回、訪れてゼファー750と馬ジャンのシブ過ぎる競演を撮影した法起寺(ほうきじ)だって目と鼻の先にある。大和郡山に戻り、金魚鑑賞と洒落込みつつ、水路のある街並みで水も滴る金魚男を演じるのもオツな話だ。もういちど東大寺に行って鹿の背中に馬と書いた紙を貼り付けて見るのも悪くはない。しかし、やっぱり鹿革の藤岡社長がおっしゃっていた長谷寺の真っ盛りの紅葉を見ずに帰るのは、三輪まで行ってそうめんを買わずに、でっち羊羹だけを買うようなものではないかという結論に達した。




 宿泊地からは長谷寺も決して遠いわけではない。むしろ帰り道の途中になるので、わずかに遠回りする程度である。とはいえ、朝の通勤時間帯でもあるので、勝ち虫隊とカブト虫号が離れないように、渋滞しそうな道は避けることにした。簡単にいえば国道は避けて、その間にある県道を使ってみましょう、というルーティングである。それでも、たいして細かくはないツーリングマップルに載っている道だからという根拠のない安心感もあった。
 だがしかし、やっぱり奈良の道はあなどりがたしであった。国道のバイパスなどは信じられないくらい豪華だが、ちょっと外れると途端に素朴になる。おぉ「素朴になる」って言葉は、「ショボくなる」に似ているなぁ……どうでもいいけど。
 見通しは良いし、観光バスも走ってこないので、4分信号や極端な渋滞はないものの、普通車同士がすれ違うにも緊張感が必要な場所も多い。それでも一方通行にはなっていないところがエライ。紙の地図だけを頼りにしていると、予期せぬ一方通行ですっかり居場所を見失うことが多いからね。






 前回の男奈良後編で屋島手袋の尾原さんと長谷寺を訪れている三橋さんが「ショートカットできるからよぅ」と前日に訪問した大神神社の門前町を抜けていく。ここにも大宇陀の街並みにも劣らない趣深い佇まいが並んでいる。生まれたてのヒナ鳥のように、最初に見た風景に心を奪われがちだけれど、意外と“ジス・イズ・ジャパン”な風景は残っているんだなぁと感心することしきりである。ところで、三橋さんの走りが妙にたどたどしい。あれぇ迷っているんじゃねえですかい? という疑問を抱えつつ付いていくと、見事に国道165号線に合流。ああ、思い出した。ハンドリング不調なんですね。
 この国道165号線は初瀬(はせ)街道とも呼ばれ、京都や奈良方面と伊勢とを結ぶ歴史ある街道でもある。もちろん伊勢への往来だけでなく、『源氏物語』や『枕草子』にも登場する長谷寺への参拝にも欠かせない存在である。その国道から分岐して長谷寺の門前町を進むと、両側に土産屋や食事処、お宿などが立ち並ぶ緩やかな坂を上る。この日も開店前の店先に打ち水をしていたり、朝の冷え切った空気に饅頭を蒸かす湯気が漂っていたりと実に旅情溢れる門前町がお迎えしてくれたのである。
 紅葉の名所とはいえ、ちょっとだけ早めに到着したおかげで、最も近い駐車場に勝ち虫とカブト虫を滑り込ませることができた。駐車料金は“二輪車以下”200円だ。“以下”ってなんだ?


門前町の最奥にある駐車場なら長谷寺はすぐ横。それにしても「二輪車以下」って何なんだ?






初体験からおこづかいまで根掘り葉掘りのアンケート応答中。
 さて、名にし負う天下の名刹・長谷寺である。その歴史は686年に始まり、727年には徳道上人がご本尊となる十一面観世音菩薩を祀られた。現在は真言宗豊山(ぶざん)派の総本山であり、桜や牡丹(ぼたん)、そして秋の紅葉と花の御寺でも全国に名が知られている。
 ちなみに、全国に名が知られているなどと書いておきながら、長谷寺といえば鎌倉じゃないすか!? という御仁もいらっしゃると思い、長谷寺物語に触れてみよう。その通り!! 鎌倉にも長谷寺はある。開山は徳道上人であり、その意味では大和の長谷寺はお兄さんみたいなものである。
 鎌倉の長谷寺にはある伝説がある。その昔、災いと祟りをもたらす巨木が巡り巡ってこの地に捨てられた。この巨木を使って作られたのが2体の十一面観音像であった。その1体は初瀬に置かれ、もう1体は伊勢から海に向かって流され、その漂着したのが鎌倉であるという。不思議な話である。これが海流の影響かなにかで戻ってきていたら、脂がのった“戻り観音”とかいったのだろうか。すみません、罰当たりでした。
 なんて解説をしていたわけではないが、ふと見ると三橋さんが石段の下で県の観光課職員からアンケートを受けていらっしゃる。これがまた、サービス精神旺盛というか、馬鹿っ丁寧というか、実に事細かに応えていらっしゃる。自分は2回目だが、他は初めてで、昨日はどこで何をして、今日は土産にたんまりお金を落とす予定の上客であるとか、ないとか……。これがなにかの間違いで坂上カメラマンに聞いていたら「初めて!!」で終わっていただろうに。お目が高いですのう、観光課職員さんも。









 仁王門をくぐると屋根付きの石段が真っ直ぐに伸びている。上中下の三廊に分かれており、総段数は399段。もう、それは見事な美しさであり、圧倒される気持ちも分かるのだが、あまりにもここで参拝者というか観光客というか、皆さんが溜まりすぎ。やっぱり最初に見る景色には簡単に心を奪われてしまうものなのね。
 その横に伸びる美しい白壁の石段をお坊さんが上っていく。ちょっとだけお伺いしたいことがあったので、後ろをヘコヘコとついていく。そうだ、どうせなら、この先の紅葉の美しい石段の場所で歓談でもすれば、とってもフォトジェニックなのではないだろうか。という、煩悩を抱え混んでいたために、悪い空気を感じたのか、お坊さんは路地を思わぬ方向へサクっと曲がってしまった。いかん、これではただのヘコヘコおじさんではないか……。



 ちなみに、おじさんくらいの年齢になると、大抵は植物か歴史にただならぬ関心を持つようになる傾向がある。家庭菜園崩れのアウトドア派か大河ドラマかぶれのインドア派という分類だ。歴史派のツーリストは寺院や神社を訪れる回数も増えるのだが、ジーンズとかのラフな格好では失礼なのではないだろうか、なんて疑問を持つこともある。お賽銭は少なめで、お願いは無理難題ということはあまり気にしないのにもかかわらずだ。
 そんな時に、せめて濃いめのジーンズとかしっかりした靴なんかを履いていれば、御利益が少々増すような気もする……あぁ、写真をご覧になっていただければ分かりますように、21オンスのストレートデニムとR-02ブーツを組み合わせつつ、N-50CLショートコートの組み合わせはシックな長谷寺でも浮くこともなく、足取りも軽やかに長い石段も登れるというものだなぁとあらためて思った次第なのである。なにしろ21オンスのジーンズはペラペラではないけれど、ゴワつく感じも少ない。ギリギリ、これを越えるとお尻とか嫌な感じの摩擦感を持っちゃうんだよなぁ。いやぁ、寺に歴史あり、ジーンズにも歴史ありだな。

21オンスデニムは、革ジャンもベストマッチ。手に入れたくなってしまった方はどうぞ・・・
◆21ozはこちらへ >>
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 とかなんとか、軽やかに登廊を進んでいくと入り口ほどの混雑もなくなる。やがて京都の清水寺を思わせる本堂が見えてくる。実際に、一般的には「清水の舞台から飛び降りる」という表現をこの辺りでは「長谷の舞台から〜」ということもあるらしい。その本堂には、ご本尊の十一面観世音菩薩がお祀りされている。崖の斜面に建てられた本堂から外を見れば紅葉の木々の間にお堂が点在し、登廊がスラッと伸びている。堂内を見てれば身の丈3丈3尺(10m余り)の観音様である。これはもう圧巻であり、平地に整然と建てられた寺院とは違った幸福感を得ることができる。あまりにも浮き世離れしている空間に“サッカーが上手くなりますように”という重要なお願いすら忘れてしまったほどである。
 ありがとう観音様、ありがとうせんとくん……と感泣していると、団体観光のおばちゃんが「ほらほら、ここで写真とらなアカンよぉ」とずいずいと私の横に溜まってきた。せっかく、独りで盛り上がっていたのにアカン気持ちになってしまった。仕方がないので「シャッター押しましょうか?」とか言って徳を積んでみた。いいことあるかな!?






































◆ついでに2007年春の長谷寺もご覧いただこう・・・。





春の長谷寺の詳細は、2007年“男奈良”(後編)でどうぞ。




2007年春は屋島工房 尾原氏と。 2010年秋(今回)

長谷寺の春と秋・・・語り:三橋
サクラの満開はせいぜい4〜5日間、紅葉のピークは10日間ほど。その両方を訪ねることができるのはヒマ人しかいないだろう。そういった私は両方のピークに訪れている。
写真は平日の朝の同じ時間帯だが、秋のほうが圧倒的に観光客は多い。さて人ごみは別として、どちらが魅力的かと申せば・・・あざやかさのインパクトは紅葉であろう。しかし薄桃色のサクラも実に美しいな。さて、さて、、、ま、百聞は一見にしかず、ご自分の目で確かめるのが、やはり良いのでは。







 いやぁ、天気も良いし、紅葉は綺麗だし、お寺もご本尊様も素晴らしいので、すっかり気分が高揚したぞ。三橋さんも「尾原くんと来た時には、ほとんど人がいなかったけれど、さすがに紅葉は人が多いぜぃ」と嘆きつつも、写真は撮りまくりだったようである。

登廊(のぼりろう)途中にある月輪院のお茶席にて。 こういう状況は“女奈良”(?)が似合う。

 十分に濃密な長谷寺訪問もできたので、門前のお店で昼食を採ってから帰路につく予定である。メニューを見ている皆さんは「まつたけ御飯定食」に心を惹かれているご様子だが、おじさんは「牛丼定食」という選択である。これから、寒風吹きすさぶ伊勢湾岸道路や東名高速を走らなければならないのである。カロリーは高めに摂取して、エネルギーを蓄えるのが玄人ってもんすよ。なんて思っていたら、あっさりと牛丼定食多数となる。
 そんな食事時に「ホラ吹いていたねぇ」と坂上カメラマンがおっしゃる。ちょ、ちょっと待って下さいよぉ、今日はなにも嘘なんかついてないじゃないですか。と自分の行動を顧みるも、そんな記憶はないのであるが、三橋さんが「あぁホラ貝の音が聞こえたなぁ」とおっしゃるので、なるほど合点がいった。どうやら、長谷寺では正午になると鐘とホラ貝で時を知らせているらしい。それは1000年の昔から絶えることのない習わしだという。同じホラでも長谷寺のホラは正直なのであった。








 こうして毎日の釣瓶落としに脅かされながらも駆け足とほふく前進を取り混ぜながら2度目の奈良を堪能して実感したことがある。
 奈良はなんとなく地味である。“三都物語”とかいうJRの戦略にはのせてもらえず、せんとくんは「きもーい」とか言われ、高速道路や新幹線は横に逸れてしまうという悲しさもある。でも、現在の日本はやっぱり大和から始まっているのだと強く感じることや場所、ものばかりなのであった。奈良のほうに沈んでいく美しい夕日を浜名湖SAで眺めつつ、そう思うのだった。ここから先は、漆黒の東名高速。いつまで走っても静岡県が終わらない退屈さとの闘いが始まる。
by 石野 哲也








※後日談です。藤岡勇吉本店で談合を重ねてきた勝ち虫仕様の漆皮(しっぴ)を使用した小物が夫婦坂工房にて完成したという。カードケースにコインケース、そしてキーホルダーという3種類の試作品には、まるで布のような質感の鹿革漆皮に牛革を組み合わせているらしい。その贅沢さを考えれば、小物ながらも大物の威厳すら漂うのである。ただし、今のところ、あくまでも試作品だというもどかしさを残すあたりがイヤらしいっすなぁ。こりゃ、こまめなホームページのチェックが必要だな!?

試作品を作るためのイメージ試作。

以前作った試作品。今回の旅に活躍。




そして、、、



[夫婦坂HP編集部より]
さて、「男奈良リターンズ」はいかがでしたでしょうか? 暇で仕方がない時や、どうしようもない悲しみに包まれた時に、こんな勝ち虫トンボならぬ、ヤゴ石野の旅を読んでやってもいいかもね、というツンデレなあなたのリクエストをお待ちしております。例えばこんな感じはいかがでしょうか?
◆その1 
奈良の次は「そうだバイクで、京都、行こう !!」、修学旅行リターンズ。
◆その2 
奈良の鹿つながりで北海道エゾシカを研究する、こじつけ旅 !!
◆その3 
やはり牛の話題も。ニッポンの代表的固有種、但馬(たじま)和牛を堪能 !! 兵庫県を中心に鳥取県・岡山県にも足を延ばす。
(ご意見・ご感想・リクエスト等を。件名に「男奈良」をご記入ください)



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