二人の大学生を引き連れて、あるバイク好き、酒好きの親父が蔵元を訪れ、共にニッポンの伝統文化を学ぶ……という設定で秋冬製品を交えて撮影をおこなった。場所は信州佐久、旧中仙道沿いの武重(たけしげ)本家酒造である。
 しかしなぜ、二輪用品の撮影に非難が出そうな“酒”を関連させたのかは、少々の訳がある。短く説明しよう。

 武重本家酒造、、、有形文化財であるその建物と、伝統文化を受け継いで造り続けている日本酒を通じて、ニッポンの素晴らしさを再認識しようと。そして歴史はずいぶんと浅いけれど、弊社ペアスロープの自慢の品々もご覧に入れようと。どちらもニッポンの技、まだまだ捨てたもんじゃあございませんよお、ニッポンはぁ。

蔵元の正門に入る。
 もうお気づきの方もおられよう。プロカメラマンが撮った写真の数々はカタログと重複している。しかしカタログでは表現しきれないところを、より多くの写真と、その裏話を交えて、これからじっくりとご案内しようって魂胆である。
[ ※2008年秋冬カタログは、300円分の切手を弊社までお送り下さい。]

[始めの写真の解説]:正門に入ろうとする3名を狙うが、いいカメラ位置は用水路の中。どこからでも撮るのです、プロは。・・・でもいい味出てるでしょう、用水路の石垣がぁ。 なおアシスタントが持つのは赤外線式ストロボ発光装置。日陰の門の中が暗いため、親父の足元にストロボを置き、発光させている。

■モデル
 木村友哉・森大輔(共に明治大学)
 単車オヤヂ(本名掲載拒否。大輔とは実の親子)
■写真
 坂上修造(プロ) & 三橋弘行(シロート)
■アシスタント
 三橋真由美・雄(親子)






[蔵元について] 明治元年創業の武重本家酒造、その建物は江戸後期、明治、大正、昭和初期、と様々な時代に建てられたものが、有形文化財として今なお現役で使われている。そしてそこは社長である武重有正氏の方針として、年に1日だけの開放日以外は内部見学不可である。(蔵元サイトでも、その日以外は無理ですよ、と告知されている)
 筆者は10年ほど前、この蔵元に訪れており写真を撮っている。とはいえ外観だけであり、蔵元内部の撮影を許可してもらおうなんて、とても思えなかった。正門の横にバイクを止め、それをくぐってお願いする勇気がなかったのだ。なんだか怒鳴られるんじゃないかと思って。それほど蔵元ってのは、筆者にとって恐れ多い存在感なのである。

 そんな厳格な蔵元を、内部の隅々まで、なぜ撮らせていただいたかといえば、、、ラッキーというのがあるものなのです。


 今年の梅雨時前(2008年5月末)、秋の製品の撮影をどこかの蔵元でおこなおうと、いろんな蔵元のサイトを見ていた時のことである。隣りにいたカミさんに、
 「信州の実家あたりで、どっか蔵元に知り合いいないか?」
 カミさんの実家は長野県佐久市だが、まったく酒を飲まない家系なので、そう期待するわけでもなく、なんとなく聞いた。
 「う〜ん、高校の同窓生のタケシゲ君が確か造り酒屋って聞いてたけどぉ。お酒に興味ないから、それ以上は知らないっ」
 「えっ、いま“タケシゲ”って言ったか? 武士の武に、重い、の武重本家酒造のことかぁ? ちょっと高校の名簿見せてみっ」

 名簿を見たら、カミさんの“タケシゲ君”と武重本家酒造の住所は一致していた。しかも蔵元サイトによると、その同窓生は社長である。う〜ん、なんという偶然なのだろうか。
 早々にサイトからカミさんが社長にメールをして、弊社の撮影をお願いした。そして数日後に帰ってきた答えは、“Yas” ・・・こういうわけで、武重本家酒造撮影が可能となったのである。

撮影本番前の下見に訪れた時:同窓生ってのはちがいますねえ。社長に対して筆者は敬語だけど、カミさんはタメグチだもの。



 話しを戻そう。単車オヤヂと学生たちは、正門で足を止める。左側の住居とつづく正門(長屋門)は、江戸時代後期に建てられたものだ。現社長の武重有正氏はご自分のサイトにて、この門を冗談交じりでこう書いている。

“この門の大きさを超える物を敷地内に運び込むことが出来ないため、クレーン車や4トントラックが入ることが出来ず、非常に不便している。バチが当たりそうだが俗称「やっかい門」(現当主の失言)”

 そうは言うものの、これだけ歴史の重みを感じる門構えである。きっといつまでもつづく限り、残しておきたいのだろう。

10年前の筆者は、この門をくぐれなかった。







学生どもはバイクのミラーで髪型を整え中である。
「これはな、酒林(さかばやし)って言うんだ。酒の商売の看板みたいなものなんだぞ・・・、おいっ、おまえたち聞いてるのか?!」

 門に吊り下げられた“酒林”は、杉の葉を束ねて丸く刈り込んで作られたものだ。毎年、年末近くになって新酒ができると、新たな緑の杉の葉で作り換える。門に緑色の“酒林”が吊り下げられたら、「新酒ができたぞ〜」の目印にもなるのだ。なお、余談だが杉には殺菌作用があるので、昔から酒を貯蔵する桶や樽は、杉で作られている。 ・・・う〜ん、ちょっとした雑学、役に立っただろうか。でも飲み屋でおネエちゃんに話しても「あっ、そう」でおわっちゃいそうだけどね。

 さて、正門の斜め前にはもうひとつ気になるものがある。それは明治時代の歌人、若山牧水の碑だ。“牧水(ぼくすい)”、名前くらいは知ってますよねえ。筆者は名前以外、何も知りませんけど。
 その牧水の句で、非常に感銘を受けたものを紹介しよう。


蔵元正門前の石碑より。

 “人生には楽しいことがたくさんあるでしょう。でもしかし、酒を飲まずにいたならば、生きている楽しみなんて何もない!”(訳:筆者)
 そのとおりだ。これは全世界の酒飲みが思ってることを代表して言ってくれましたなあ。
 で、なぜこの碑があるかといえば、牧水は武重本家酒造の酒を好んでここに飲みに来たという。のちに“牧水”の銘柄の酒がこの蔵元にあるのは、その由縁である。その味はのちほど、、、。

 なお、酒に関する名言は数々ある。なかでも、唸ってしまうものをついでがてらにご案内しましょう。

海の向こうのアメリカの大統領だって、こう言ってたんですなあ。そう、ついつい、、、これがいけないだけなのだ。酒が悪いわけじゃあない。


中国の文人、張潮。酒飲みしか分からんでしょうなあ。。。


これは中国のことわざ。なるほどぉ、って感じだ。もし、酒にお金を使わなくても、きっとお菓子やジュースでお金を使うだろう。だから結局お金はなくなるのだ。


 以上、一話“伝統文化を若者に伝える”でした。とはいえ若者にはちっとも伝わってないような気がする。まだまだこれからだ。正門から奥に入って、じっくりと伝えよう。

「奥に入ったらヘラヘラ笑ってんじゃないぞっ!」・・・オヤヂの一喝!


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