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2007年8月送信 文:いしのてつや 写真:みつはし


浅草といえば三社祭。
でも、いつでもやっているわけじゃないので、
気分だけでも味わいたい筆者近影。





 個人的な事で恐縮ではあるが、高校生のときに生まれて初めてパチンコをした土地が浅草である。宇都宮出身の私は、その高校時代に「たっぷり勉強させて下さいっ」と親を丸め込み、東京の予備校で行われる夏期講習1週間という甘い誘惑を見事勝ち得たのであった。今にして思えば、それが高校2年の夏であったのか、3年の夏であったのかすら覚えていなければ、その予備校で何をしていたのかさえ覚えていない。ただし、体験した幾つかの誘惑だけは、なんとなく覚えている。その結果として、こんな大人になってしまいました。すみません……。

 ところで、何故に浅草でパチンコであったのかといえば、宇都宮から浅草までは結構な時間が掛かるものの、東武線という私鉄1本で結ばれていたからである。運賃が国鉄の半額近くであったことが最大の理由であったが、それ以上に“私鉄で東京に行く”という、妙な歓びがあったのである。今にして思えば、なんのこっちゃとなるのだが、当時はそこにわずかながらのステイタスを感じていたのだね。んで、浅草っていっても何の魅力も感じていない田舎の高校生であるがゆえに、それほど頻繁には動いていない宇都宮行きの各駅停車を待つ間に何もすることがなくて、大人の世界であるような気がしていた、パチンコ屋というものにチャレンジしたのである。記憶は定かではないが、多分負けて、とっとと退散したような気がする。なので、時間がまだまだあるので、フラフラと駅の周りを歩きながら、安売りの靴屋さんで黒い革のローファーを購入したのだった。
 当時の私にとって革靴というものにも大人の香りが十分に詰まっていたのである。一般的な高校生であれば、革靴の1足や2足は持っているものだろうと思われるだろうが、自転車通学の男子校ではそんな洒落っ気を持つこともなく、何故かオレンジ色のコンバースばかりを履いていたのである。それにしても高校時代とは、人生でもっとも勘違いの多い時間なのではないだろうか……。








 さて、現代の浅草である。いいかげんな大人になってしまった私にとっては、雷門をくぐって浅草寺をお参りして、雷おこしと揚げまんじゅうを買いつつ、煮込み通りでホッピー飲んで、最後に神谷バーで電気ブランにしびれつつ帰宅する……というルートで十分に堪能できる場所である。とはいえ、江戸時代から浅草寺を中心にした有名な盛り場であり、そのちょっと後ろには吉原なんていうもっと甘い誘惑地帯もあるということまで知ってしまった大人である。今さらパチンコなんかで時間を潰すなんてもったいないのだ。江戸の味を守り続ける老舗はもちろん、ちょっとB級の香りが漂う日本のジャンクフード店などの飲食店、いかにも外国人観光客向けの珍妙な和物販売店も落語や演芸などの大衆演芸からストリップまでが軒を連ねる演芸関連の施設も妙にハレな雰囲気で嬉しいかぎり。なんだかんだと1日いても飽きない。




浅草演芸場にも寄りたい……というよりは1日を、ここでボゲーっと演芸三昧したい。



浅草六区通りには、浅草にゆかりのある人々の看板があり、その下にはプロフィールが描かれている。これを見るだけでも飽きない。歳をとるってのは楽しいものである

ご存じ寅さん。


“あ〜あぁ〜あ やんなっちゃった あぁ〜あん おどろいた♪”

“寺内貫太郎一家” にも出ていた名優。
デン助劇場。昭和30年代生まれでぎりぎり分かるか。

“ゲロゲ〜ロ”


第二次世界大戦期前後の喜劇王であった。
放送禁止歌“悲惨な戦い♪”浅草大好きフォークシンガー。

「やんなっ!」


さて、ここには誰が。きっとビートたけしではなかろうか?


それにしても、ここはロック座(ストリップ)があるから六区通りだと思っていたら、浅草六区だからロック座だったのね。初めて知ったよ……。



 浅草寺を中心にした界隈からもう少し大きな弧を描いた範囲にまで足を伸ばすと、靴屋さんが多いことに気がつく。そこには、“卸値”とか“直販”とかいった、謳い文句も多く目につき、店舗の外にはサンダルが段ボール箱に入れられ、店内には革靴がずらっと並んでいたりする。そういえば、この辺でローファーを買ったんだなぁなどと感慨にふけることになるのである。
 浅草寺を訪ねてくるほとんどの観光客は“浅草で靴を買う”という行為の喜ばしさに理解を示すことはないだろう。でもこれは、“新潟の三条で刃物を買う”“福井県の鯖江でメガネを買う”“愛媛県の今治でタオルを買う”……などに匹敵する産地直売の歓びがある。ローファーを買った頃には、そんな歓びは微塵もなかったが、今にして思えば喜ばしいことだった。そうなのだ!! 浅草こそは東日本の皮革産業にとって重要な場所なのである。



観光客で賑わう浅草寺界隈を少し離れると、小さな靴屋さんから、やや大きめの安売り店までポツポツと目に入るようになる。言われてみれば、靴屋や鞄屋が多いなぁという程度だけどね。
浅草寺からはかなり離れた道端にてタンニンのヌメ革っぽいのがポツっと置かれていた。革の街なんだなぁと感慨も深くなる。加工屋さんだろうか、問屋だろうか。



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