2007年9月1日 送信 文:いしのてつや




“皮”が“革”になる話

 北海道に旅行に行った友人が帰ってきたので、カニでも馳走になろうと思ったら、白い…チョコすらない。夕張メロン味のキャラメルでごまかされながら、土産話だけをたっぷりと聞かされた。それでも、美味い食べ物にあまり出会えなかったと嘆いているので、良しとしよう。

 でも、北海道かぁ、いいよなぁ……と遠い目をすれば、様々な風景が浮かんでくる。誰も通らない田舎の交差点や深夜の雨に打たれながら途方に暮れたオホーツクの国道……。帯広の豚丼に礼文のウニ丼。ジンギスカンにカニに芋餅。美味しい風景と美味しい食べ物が満載の思い出である。
 この美味しい思い出のひとつに“鮭とば”がある。“鮭とば”とは、鮭の薫製みたいなもので、鮭を縦に裂いて寒干ししたもの。これをストーブで軽くあぶって、醤油マヨネーズでいただくと、なんともいえないビールのつまみとなる。これを帰りのフェリーでやりながら、退屈で素敵な時間をやり過ごすのである。
 この鮭とばは、身の部分はとても脂がのっていて、柔らかいのであるが、皮はパキンパキンに硬い。何枚かを編み合わせて、そのままサンダルにでもしてやろうかと思うくらい硬いのである。でも、ここはここでうま味があるので、貧乏根性丸出しでチューチューとしゃぶるように食べてしまう。
 この魚の皮にはコラーゲンがたっぷりと含まれている。それが、生きた魚の柔軟な皮質にも、食べたときのうま味にも貢献している。でも、ほおっておけばパキンパキンである。



この写真は牛革の切断面を荒らしたものである。糸のような繊維状のほつれが見える。これがコラーゲン繊維である。
この繊維が複雑に絡み合っていることで、伸縮性と通気性が保たれるわけだ。動物の種類によってもこの繊維の長さや太さ、絡み方は違ってくる。また、革の表面にあたる銀面(ギンメン)と呼ばれる部分にもコラーゲンは含まれるが、こちらはまた違う性質を持っている。



 コラーゲンはタンパク質の一部であり、魚だけでなく、ヒトをはじめとするすべての動物にとってもコラーゲンは身体を構築する大切な要素である。つまり、ちまちまと手元にある革ジャンを見ていると、だんだんとその繊維が見えてきて、よぉく見るとそこには小さく“コラーゲン”“コラーゲン”“コラーゲン”と書いてあるのである(嘘)。
 それにしても、動物の皮にも含まれているコラーゲンならば、鮭の皮でもサンダルはできるのか……という疑問を抱えつつ、今回は“皮”が“革”になり、皮革製品になるまでの流れを簡単にお話してみたい。



■皮との付き合い ヒトが文明を持つようになると、狩猟などによって皮革との付き合いも始まった。やがて、食用としての家畜も増え始めたことから、皮革の入手はさらに容易になり、生活との関わりもますます密接になっていった。

「食用肉の副産物としての皮革」という位置づけは古代から現代までも大きく変わらない。生産や流通の手段が確立され、より広く、複雑なニーズにも応えられるようになったのが現代の皮革との付き合いである。このような段階では現代でも“皮との付き合い”なのである。


皮はそのままでは革にならない。

 “皮”が“革”となり皮革製品となるまでの簡単な流れは下の図に示している。この流れはの基本は太古から変わらない。つまり、食用として捕獲もしくは飼育された動物から、その副産物として皮を利用し、皮はそのままでは硬くなったり、腐ったりしてしまうので、適した方法で加工し、革にする。その後、その革を利用した道具を作りだすのである。

 海外などで毛皮反対運動の人たちが抗議活動をする場面をニュースなどで目にすることがあるが、皮革製品に対する抗議活動というのは聞いたことがない。活動家の皆さんの本心は分からないけれど、毛皮を取るための動物の捕獲ではなく、あくまでも皮革は副産物であるということが大きな違いなのかもしれない。しかし副産物であるから「綺麗な革になりますように」という扱いは受けていない。だから、傷もつくし、虫にも食われる。こればかりは、そんなの関係ねえ!! と受け入れるしかないだろう。

 話がそれたが、牧場などで食用として捕獲された動物の皮はそのままでは皮革製品とはならない。この次の段階として“鞣し”加工が施される。“鞣し”は“なめし”と読み、“皮”を“革”に変える大切な作業である。「革を柔らかくする」ということを一文字で表しているので、とても分かりやすい。この加工をする職場をタンナーと呼ぶ。“鞣す”を英訳すると“tan”となる。tanには日焼けするという意味もあり、薄茶色の皮革製品の色をタンと呼ぶのは、従来のなめし加工の色である、ここから来ているのではないだろうかと思う(確定ではないので、あとでもう少し調べます)。


■皮かわら革へ、そして製品へ
いよいよ“皮”が“革”へと変わり、革製品となる。英語で言うと、“hide”が“leather”へと変わる。タンナーは、国内外からの原皮を仕入れるとともに、製品化する業者から「こんな革で、こんな商品を作りたい……」というような注文を受ける。そして、その注文に合わせた革を皮から作り上げる。仕上げられた革が納品されると、ジャケットや靴や鞄など、様々な用途の商品となって、皆さんの手元へと届く。その時間は、川の流れのように長い……革の流れである。


 鞣しの方法は、現在の主流としては植物性のタンニンで鞣す“タンニン鞣し”と、鉱物性のクロムで鞣す“クロム鞣し”がある。他にも古来から伝わる幾つかの方法があるが、一般的に身近な方法はタンニンとクロムである。
 現在のタンニン鞣しは、主に化学合成タンニンを使用しているが、古代から伝わる植物鞣しの流れをそのまま受け付いでいるといえる。タンニンは植物には普遍的に存在しているが、その代表的なものは渋柿の渋み成分である。タンニン鞣しによる革は、伸びと弾力性はクロム革に劣るが、高い剛性と可塑性(かそせい:外力を加えて変形させ、力を取り去ってももとに戻らない性質。)に優れる。古くは馬具などに利用され、現在では靴底などに利用されるが、あえてジャケットなどに利用することもあるという。
 クロム鞣しは、その技術が発見されてから未だ100年足らずであるが、革の柔軟性と伸縮性を最大限に活かせるので、現在の主流となりつつある。クロムとはピカピカバイクのクロムメッキのクロムと同じである。詳しく説明すると、なんだかよく分からなくなるので説明しないが、強い毒性で問題になった6価クロムも同じクロムの仲間であるが、皮革の鞣しには毒性のない3価クロムが使用される。

 この、タンニンとクロムによる鞣し加工によっても、同じ原皮(原料となる皮)から、まったく性格の違う革が生み出されるわけだが、さらに鞣しの行程によって、それぞれ細かな性格付けがされることになる。だから、この段階でグローブやジャケット、靴や鞄などの製品向けにそれぞれの性格付け、特性付けがなされる。
 ここでは製品の製造者とタンナーさんのやりとりになる。いずれ奈良での鹿革タンナーさん訪問記を展開するので、ペアスロープの旦那とタンナーである藤岡勇吉本店とのやりとりを通して鹿革の魅力と商品への道筋を紹介したい。







 ところで、鮭とばである。鮭とばの皮は、自然乾燥というとても古典的な方法で加工されているが、そのあとに適切な鞣し処理を施せば革に生まれ変わる可能性は十分に含んでいるといえる。それはコラーゲンが多分に含まれているからである。鞣すということは、コラーゲン繊維の特性を維持しながら、腐ったり硬化したりしないようにすることななのだから、何とかなりそうなのだ。何ともしないけどね……。クチャクチャと口のなかで噛み続ける方が、美味しい素材なのである。でも、待てよ!! 緊急時に非常食になるジャケットってのはどうだ!? 猫が寄ってきそうだな……。


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