瀬戸大橋を渡って香川県に入り数分走ると、平野の中におにぎりのような、本当に「山らしい山」の姿をした飯野山があります。別名「讃岐富士」は、標高400mあまりのちょっとかわいらしい山です。飯山の西側に、土器川という川が南から北へ流れていて、その土手から少し入ったところに「なかむら」は有ります。目印は「香川県引越センター」と書いている古コンテナ。その隣の納屋が「なかむら」です。暖簾らしい物はあるものの、扉が閉まっていたら、ただの民家。入るのに勇気がいるのです。
 ここのお店は、客が自分でネギを裏の畑に取りに行くという極めつけのセルフ店。今回は、ネギが生えないんでしょうか? あらかじめネギは、店内に用意されていましたが、やはり包丁で自分で切らなければなりませんでした。
「おばちゃん(おっちゃん)、どなんして頼んだらえぇん。」
 この手の店を行き慣れた方なら、雰囲気を察して適当に注文すれば良いのでしょうが、知らないお店ならちょっと下手に出てこう聞くのがベストでしょう。
 たいてい「あついんか、つめたいん、どっちな?」と聞かれます。ちなみにこの場合、アクセントは「あつ」「つめ」に置き、「いんか」は語尾を下げます。語尾を濁し、モゾモゾとしゃべりはっきり言わないのが、このあたりの言葉の特徴です。もう一言いうと、讃岐では「つめたい」とは言うものの、決して「ひやい(冷い)」とは言いません。某有名うどん店では「あつあつ」「ひやひや」なんてメニューがありますが、これは決して一般的ではないのです。「あついん」「つめたいん」と答えましょう。「何玉な」とも聞かれます。やや慇懃無礼にも聞こえますが、ぶっきらぼうな言い方がココでは当たり前。怒っているわけではありません。気にせず、玉数を答えましょう。
 玉とは、うどんの麺一人前のこと。一般的には、みそ汁のお椀いっぱいのうどんが一玉です。大中小の場合は大=2〜3玉、中=2玉、小=1玉と理解すれば良いでしょう。
 麺が出てきたら「ほんで、どなんしてたべるぅん?」と語尾を上げながら疑問型にして聞きましょう。出汁のかけ方、トッピングののせ方を教えてくれます。たいてい「そこの好きなもん、入れて食べまい」と言ってくれます。
 食べ終わったら、こう言いましょう。
「おいしかったわ。お腹がおきたわ」(ちなみに「おきる」とは「満腹」の意味)
 もしくは
「ちっとかいないけん、もう一玉入れてつかぁ(足りなかったから、もう一玉ちょうだい)」
 高松方面なら語尾に「つかぁ」のかわりに「いたぁ」と付けるところですが、ここは中讃。ちょっと語尾に変化を付けましょう。
 最後に「なんぼな(おいくら)」と聞いておしまいです。

 すっかり忘れてましたが、「なかむら」のお味はというとこれまた麺が素晴らしい……。
お肌がすべすべの女性的な、麺ののど越し。ツルツル以上にシルク的なきめの細やかさです。歯ごたえこそ少な目ですが、のど越しにはしっかりとした存在感がある……そんな麺です。
 今回は、開店直後だったので、おいしいうどんが食べられるはずだったのですが、熱いうどんが釜揚げでした。ここの麺は、釜揚げにはあまり向いていないんじゃないかな? とも思われました。やはり、冷たい良い水で、うどんをしっかり締めなければここのうどんの良さは出ないのでしょう。
 なかむらの偉大な所は、隔週で日曜日を休んでいること。一見さんの観光客など、基本的にお店の勘定外なのです。しっかりと足下を見て、常連の人に対して誠実にうどんの味だけを極めていく……。その姿勢にシビれるじゃないですか。うどんブームとやらに、決して足下をすくわれることはないでしょう。

<< 戻る