標高2000mの山の峰に建つ一軒宿は、泉質のよい湯と絶景を同時に楽しませてくれる。
しかしその陰には宿の奮闘努力は欠かせない。
ここには、日本でもひじょうに希な温泉熱血主人がおられる。
さてどのくらい熱血か、、、失礼ながら、いささかあきれるほどである。

・・・そんな高峰温泉を、2017、2019、2021年と3回に渡って取材した紀行ページ、
これを読んだら、きっと浸かりに行きたくなるでしょう。

(第1回 夫婦坂旅俱楽部は終了しました)


ランプの宿 高峰温泉 主人:後藤英男さん・・・のちほど。



長野県小諸市の高峰温泉までは、東京から二輪および四輪で約3時間、京都から4時間半といったところ。筆者のペースで。




そうですか、うらやましいですか。


山を駆け上る前に洒落たカフェで小休止。



ナナハンを軽快に走らせるタモンさんと、カメラかかえて後ろから撮る筆者。

2017年10月、実に運がいい。今回はきれいな女性“タモンさん(多聞恵美)”との湯巡りである。たまにはいいじゃないですか、こんなことがあっても。
……とはいえ、カメラマンそしてアシスタントとして私のカミさんも同行。当然ながら(残念ながら)私とタモンさんは一緒の部屋ではないことをあらかじめ記しておこう。

宿に向かう上り勾配ワインディングロード、タモンさんが操るバイクの後ろについて右に左にと気持ちよく曲がる。どうしてどうして、革ジャン姿のライディングフォームが実にカッコいいじゃないか。乗れてるねえ、よっ、そこの粋なネエさん!
今は秋。山の中腹では赤に黄色にオレンジにと鮮やかな紅葉が我らを迎え、その先では黄金色に輝くカラマツが走りに華を添える。キ~ン、急激な気圧の変化による耳鳴りだろう、時折唾を飲み込んで回復。かなり高度を上げてきたのが分かる。


宿のすぐ手前、標高2000mからの景色。雪をかぶった富士山も顔を出している。

やがて峠。今まではアスファルト中心の目線だったが、ちょいと視線を広げれば「絶景!」、なんと美しい秋の山々だろうか。
さてここで彼女に耳打ち。といってもヘルメットをかぶっているので大声で。
「ここから宿までほんの少しだけ未舗装道路を走るよ」
「え~、未舗装路は苦手なのぉ~」
ところが何食わぬ顔で走破し、瞬時で高峰温泉に到着。
「な~んだ、たいしたことなかったわぁ」。
そりゃそうだ。未舗装といっても普通のクルマやバスまで難なく走れるフラットダード。とはいえバイクは油断したらいけませんがね。





抜群の泉質と雲上野天風呂

チェックインした我らは、ひと休みもそこそこに男女別の内湯に浸かる。今回は私の入浴シーンではなく、特別にタモンさんのでご案内しましょう。
湯船は源泉かけ流しの34℃のぬる湯、そしてその沸かし湯41℃と二つあり、交互に入るのが気持ちいい。そしてその湯の色、水色系と青系の半透明乳白色のなんと美しいことか。




いやいやこの内湯、気持ちいいとか湯の色がきれいとか、それだけではありません。

……実は2021年の秋、私は四十肩とか五十肩とか言われる肩を壊し、2ヶ月ほど医者に通ったがちっとも治らず、ついにはまともに睡眠もとれず、「そういえば交代湯のある温泉宿があったなあ」と思い出し、高峰温泉を再度訪れた。
宿の主人に症状を話したら「実は数年前、私も五十肩に悩まされてね、医者に通ったが治らず、ここで温泉療養したら治りましたぁ、ハッハッ」。え~、ほんとかなあ、と少々疑いつつも、方法を聞けば1時間ぬる湯と沸かし湯を数回交互に浸かり、それを1日3回、3~4日間繰り返すそうだ。たったの1泊で治るとは思えないが、神頼みではなく温泉頼みをさっそく試してみた。結果、その晩、「爆睡!」。 昨日までは痛みで1日2時間程度しか寝られなかったのが爆睡!である。とはいえ1泊のみでの効果は3日間だった。やはり3泊以上の温泉療養ならば主人の語ったとおりになることだろう。
ちなみに、この宿の湯の泉質は、
 含硫黄-カルシウム・ナトリウム・マグネシウム-炭酸水素塩温泉 [硫化水素型]
この中に治療の成分が入っているのだろう。さらに湯はきれいだし気持ちいいし、ほんとにすごい温泉であると身をもって実感したわけである。


さて療養の話はこのくらいにして、次はお目当ての野天風呂。運が良ければ雲海を眺めながら(連日の場合もあり)、そして秋は夕食前に陽が落ち、湯船頭上の夜空には無数の星がキラッキラと輝いているだろう、と想像して向かうも曇天。ならば引き続ききれいなタモンさんに浸かってもらいましょう。








夕飯、そしてその後の楽しみもあり

写真は料理の一部で、季節ごとに異なる。なお、馬刺し、鯉の甘煮、イワナの骨酒は別注。



夕食後、宿の主人に話を伺う時間がやってきた。
場所はラウンジ。大きな窓ガラス越しに外を見ればタヌキがうろちょろ……そんなのどかな風景を楽しんでいると、キリッとした表情で主人が現れる。

高峰温泉の開湯は明治35年(1902年)。しかし建物の土台を築いたときに大雨で流された。その源泉を2代目が引き継ぎ、その時に非常に優れた泉質だと分かる。そして源泉のある谷間に宿を建て3代目と共に営業開始。当時は電気が通っておらず、まさしくランプの宿であった。
ところがその後、火災で全焼。4代目の現主人が17歳のときである。
「父は放心状態で落ち込みましてね、励まして、まずは温泉だけでも仕上げようと手伝いました」
標高2000mの現在の場所に移転して宿を再開したのは、火災から5年後の1983年である……とまあ不運には遭うが、諦めずに湯守として代々引き継がれたのは、泉質のよい温泉があったから、そして強い信念も欠かせない。

ところで宿自慢の絶景野天風呂にはさまざまな細工がある。
「適温の違いで、男性用より女性用を0・5℃高くしてますよ」
一般的に、男より女性の方が体温はやや低く、また筋肉量と皮下脂肪量との関係で適温の感じ方がそれぞれ違うそうだ。
このように、男女別湯船の温度差のこと、そして湯船をわずかに傾斜させて枯れ葉と共に湯をかけ流し、常に湯面をきれいに保つこと。さらには、冬場は湯温が低下するので、湯船の中のいすの下にサーモを設置しているとも語った。小さな野天風呂と言えど、隠れた工夫が満載だ。

工夫と言えば、この宿にはさまざまなイベントがある。
宿泊時の夕食後だけでも「高峰温泉の歴史」、「温泉療養講座」、そして玄関前に大型望遠鏡を並べた「星の観望会」。昼間はガイド付きハイキングの「自然観察会」に、冬季はトレッキング「スノーシュー」。しかも装備品まで無料貸し出し。まあこの日の晩は曇天なので星の観望会はできず、室内でのスライド観賞会に変更されたが、主人自ら先頭に立ってお客を楽しませている。というよりなんだこのハンパないサービスは。こんな宿は初めてだ。朝から晩まで動き回る主人、とはいえ自身も楽しんでいるように見えるが。



※野天風呂付近からの天の川写真は主人から拝借。

※見事な「雲海」写真も拝借できますが、それを見るよりも、この宿に泊まって迫力ある実物をご覧になるほうが賢明です。





熱血なんてもんじゃあございません。

宿の主人のイメージといえば、女将さんばかり働かせて、ご本人は居間でごろ寝……まあテレビドラマではそういった演出が少なくはない。ところが現実はそうじゃないんですなあ。特に高峰温泉の主人ときたら、あきれるほどの働き者。えっ、源泉をもう1本掘ってるんですかぁ? えっ、ご主人一人で?

趣味は温泉だけかな? と思える宿の主人がいる。それが〝ランプの宿 高峰温泉〟の主人、後藤英男さんだ。
高峰温泉の上記紀行は2017年の秋のこと。その初対面の主人の印象は「仕事熱心で、とにかく真面目な人」。もちろんほかの宿の主人が不真面目ということは決してないのだが、飛び抜けた働き者と感じた。
そしてその時に聞いたのが新たな源泉掘削のこと。それを思い出して2019年7月に電話した。
「掘削の職人さんたちのジャマにならないようにするので、その現場を取材させてほしい」と。すると主人はとんでもないことをクチにした。
「取材は受けないのですが、三橋さんなら、まあいいでしょう。それに私1人で掘ってますので」
初取材というのはありがたいが、しかしそれではなく、一人で掘っているということ。当然のことだが掘削は専門の掘削業者がやる仕事で、宿の主人が掘るなんて聞いたことがない。それを自家源泉を持つ他の宿のご主人がたに聞くと、皆さん口をそろえて、「そんなバカな!」。

そもそも温泉掘削をするには、さまざまな申請書類の提出、鉱山天然ガスや鉱山炭鉱原油掘削に関わる免許や、 経産省の保安監督免許などがなければ掘削許可は得られない。それらを取得するのは大変だ。さらには、掘削機械を手に入れたとしても、どうやって動かすのか。猛勉強しなくてはならないだろう。
さて2019年7月の下旬、標高2000mにある高峰温泉に。そして宿に着くなり、いよいよ標高差180m下にある掘削現場に向かう。
主人が運転するキャタピラ作業車で現場に下りるが、遊園地の乗り物みたいで楽しい、な~んてもんじゃなく、ドッタンバッタンと強烈な揺れで尻痛し。





この山の中には熊が住んでるそうな。こんなところで一人で作業する主人は、そうとうな強者だ。

走りながらも主人と話をするが、エンジン音と揺れで会話にならず。

地中に埋め込む3m の鉄パイプ。500 本用意されてるが、ここまで運ぶのは容易ではなかったろう。

ボーリング中は水を注入して泥や岩石とともにポンプで吸い上げる。砂金やダイヤモンドが混じってやしないかと注視するが、「そんなもん出てきませんよっ」と主人。


掘削現場で満足顔のクレーン作業職人、、、ではなく宿の主人である。

主人が運転するキャタピラ作業車。その荷台に乗る筆者だが、動き出したら笑顔は消える。

しっかりとつかまってなければ振り落とされそうな揺れ。平坦に見えるが最悪な悪路。

宿から10分少々でヤグラの建つ掘削現場に到着。もちろん誰もいない。

主人が一人で組み上げたヤグラ、その内部。中央ではボーリング機械がうなりを上げる。硬い溶岩層ではダイヤモンドドリルを使い、岩盤に割れ目ができないよう慎重に少しずつ掘り進む。


ヤグラを建てるためのクレーン車を現場に下ろした時の写真。道があるのではなく、道を造ることから始めるわけだ。


さて掘削現場。ヤグラは18mと想像した以上に高い。聞けばこの鉄骨のやぐら自体、主人が一人で組み上げたそうだ。
「こないだねえ、熊がこのヤグラのどド真ん中にフンしやがって、これはウン(運)が向いてきたねって……ハハハッ」
笑ってる場合じゃないでしょう。ヤグラの上から落ちたらタダじゃすまないし、何かあってもここはケイタイが通じない。近くに熊がいても、人はいないのだ。
そんな心配はなんのそのと、主人はボーリング機械のスイッチを押した。凄い音をたてて水を注入された鉄パイプがグリングリンと回る。半月ほど前に掘削開始したので、まだ地下20m程度。その硬い溶岩層は1日掘っても50㎝の時もあると言う。今ある源泉が近いので、悪影響を与えないように慎重に。

それにしても、主人は朝早くから宿で動き回り、日中はず~っと掘削、夕方からはお客さんを迎えて夜は星の観望会なのどイベントでお客さんを楽しませる。そしてもちろん温泉管理も欠かさずに……これではいったいいつカラダを休めているのだろうか。そこまでして新たな源泉を掘る理由は、現在の源泉湧出に不安要素がある、というだけではないと言う。
「ひいジイさんが開湯した明治35年当時は、美しい乳白の湯が出ていたと聞いてます。しかし鉄砲水で壊滅。その幻の湯を復活させたいんです」
源泉脈がどこにあるかなんて正確には分からない。ほんとに出るのか確証もない。しかも湧出したところで湯の色がどうなのかも。もうこれは男のロマンとしか言いようがないだろう。


……そしてこの取材から2年が過ぎた2021年12月、主人に連絡して状況を聞いた。
掘削深度は280m。源泉到達予想は800mなのでまだ先は長い。冬期は積雪で作業ができないものの、順調に掘り進めば2023年には源泉にたどり着くそうだ。
現在の硫黄を含むカルシウム・ナトリウムの混ざった硫酸塩温泉に加えて、また違った泉質の湯が出てきたら面白いだろう。さて何色かな?
でも待てよ。もし異なる泉質なら湯船はどうするのだろうか。2つの湯を混ぜてかけ流しの湯量を増やすのだろうか。いや、温度差の違う浴槽まで設置している主人のことだから混合にはせず、きっと新たな湯船を造って、さらにお客を楽しませるに違いない。しかし野天風呂はどうするのだろうか。今ある湯船だって国有林の中にあり、許可を得るのに
相当苦労したと聞いた……。
主人がこれを読んだらきっと「余計なこと書きやがって」、と思うだろう。とかなんとか言っても完成後の訪問が楽しみだ。叱られて出入り禁止になっていなければ。




さあどうする。。。


翌朝……ガチョ~ン! 雪じゃないかぁ! 10月中旬なのだぞ。そんな天気予報は聞いてない。主人はニコニコと「おっ、初冠雪ですよ」。一方彼女はといえば「まあキレ~イ」。冗談じゃない、我らはバイクで来ているのだよ! とはいえ降ってしまったのだから仕方がない。ここは腹をくくって雪見風呂と洒落こもうか。

気温マイナス1℃。ササッとユカタを脱いでバサッとかけ湯してザブンッと湯船に浸かる。顔は冷たいが……あぁ、気持ちいい。晴天ならば遠くに八ヶ岳連峰、そして日によっては雲海も望める絶景の野天風呂なのだが、無音の雪景色だって感無量の絶景だ。これ幸運かな。しかしバイクで帰れるのか?
「下から上がって来る朝一番のバスがチェーンを付けてなければ、何とか走れるのでは」と宿のスタッフ氏が言っていた。やがてやって来たバスにチェーンはなしでほっとする。
楽しかったねえタモンさん、さて帰ろうか。。。




冬季は宿手前の道がゲレンデになり、チェリーパークラインの峠のスキー場駐車場から約1㎞を雪上車で送迎(宿泊者無料)。ぜひ乗ってみたい。


なんと新宿駅前から高峰温泉の玄関真ん前を往復する直通のJ Rバスがある。安価で便利な交通手段である。(冬季は隣のスキー場まで)





ランプの宿 高峰温泉
長野県小諸市菱平高峰高原704-1   TEL 0267-25-2000

●料金は1人平日 ¥16,650~(2名1室の税込)。1名宿泊要相談。全23室。
※冬期は1室につき暖房費¥1,100別途。
※立寄り入浴は1階内湯のみ可、500円(冬期は雪上車料金込み¥1500)
●宿のスタッフの英会話・・・不可

[湯]
含硫黄-カルシウム・ナトリウム・マグネシウム-炭酸水素塩温泉 [ 硫化水素型]
源泉本数:1 動力揚湯 湧出量:約60 ℓ / 分
源泉温度:36℃ pH 7.0 中性 溶存物質(ガス成分除く):1928mg/kg
野天風呂:加水なし・加温あり 源泉かけ流し
内湯:加水なし・加温循環ろ過(ぬる湯の湯船は源泉かけ流し)
浴室:野天2 内湯4(各男女別)

[宿データ] 2022年1月現在

公式サイト https://www.takamine.co.jp/