文:三橋弘行 写真:坂上修造 取材日:2016年10月30・31日、11月28日
[ モーターサイクリスト誌連載 建築編 第1湯 ]






国道1号線を背に早川を眺める。福住楼は正面の広葉樹の中:カミさんと。

東京方面からなら、箱根の入口といえる箱根湯本の次の温泉地が、国道1号線沿い、そして早川沿いにある塔ノ沢温泉。毎年正月におこなわれる箱根駅伝のコースでもある。
また、国道1号線に沿うように走るのが、2018年で創業130年という歴史ある箱根登山鉄道。その勾配は80パーミル(1000m走って80mの高低差)で、車輪の粘着だけで上り下りする鉄道としては、日本一の急勾配である。
箱根登山鉄道を利用すれば、新宿からの小田急ロマンスカー(特急)を箱根湯本で乗り換えて1つ目の駅が塔ノ沢。もっと先まで乗りたくなる衝動に駆られる。クルマでもバイクでも鉄道でも楽しいのが箱根だ。






箱根湯元駅を通り過ぎ、バイクなら2分程度のところに塔ノ沢温泉 福住楼がある。交通量の多い国道1号線沿いに建つが、唐破風(からはふ)屋根の玄関から、奥に進めば静かだ。早川に面した部屋なら、耳にするのは川のせせらぎの音が主役。
ここ福住楼は文豪諸氏の常宿となっていた。川端康成、夏目漱石、島崎藤村などなど、福澤諭吉も訪れていたそうだ。茶室風の落ち着いた数寄屋造りが、もの書きには居心地が良かったのだろう。(最上部のタイトル写真は、文豪を気取った、ナンチャッテライターの筆者)







食事は相模湾の食材がメインとなる。その盛り付けは、明治時代からの老舗旅館とあって、さすがと言えよう。
この宿は外国人客が多い。文化財建物と共にこのような会席料理を見て、そして味わうことが、良き思い出となろう。いや、我ら日本に住む者も同じことが言える。





宿の湯船は全て内湯である。そもそも歴史ある宿に露天風呂があるのは例外的と言えよう。自然にできた湯船をのぞいて、ほとんどは昭和後期からの温泉ブームで、人工的に作られたのだ。
3つある内湯のうちの1つをご覧頂こう。
・・・どうです、この趣き! 銅製の丸い湯船、その底は木製すのこ、そして湯は下から出ている五右衛門風呂のような(沸かしてはいないが)大丸風呂である。外のモミジを眺めながら、まろやかな湯に浸かる気持ち良さは筆者一押し。 また、貸切り家族風呂は、大勢で風呂に浸かる文化を持たない外人さんにとって好評のようだ。

[ 福住楼の湯]
泉質:アルカリ性単純温泉
ペーハー8.9 アルカリ性 源泉温度61℃
源泉湧出量 250L/分(現在は200Lに制限)
加温なし 加水あり(減温のため湧水加水) 
自家源泉掛け流し 掘削動力湧出
溶存物質 721mg/kg
浴室:内湯3 家族風呂1
取材日:2016年11月28日





宿の風情のように落ち着きのある4代目主人が語る。「約70%が外国のお客様です。時には全て外国人で、1日に14か国という日もありました」。取材日の我々以外の日本人客は1組だけだで、その他は欧米系の方々であった。
続けて、「外国のお客様は日本の歴史的な文化を楽しむんでしょうね。しかし日本のお客様にとって、この宿は設備が近代的ではないのです。また『露天風呂はありますか?』の問い合わせが多いのですが、それはありませんし……」。主人は少々寂しそうに語った。どうやら外国人のほうが目が肥えているようだ。





1泊しただけだが、文豪たちがここに訪れていた理由がなんとなく分かった気がする。たまには小説を1冊持って、この伝統ある木造温泉宿に泊まってはいかがか。きっと身も心も癒やされるはず。

料金はひとり2万2000円〜(2名1室諸税込)。全17室。平日は一人宿泊も可。立寄り入浴なし。

福住楼 公式HP >>


次回、「建築編」の2湯目は・・・

 群馬県草津温泉 
山本館


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